副島正純さん・美幸さんにインタビュー(Volume47)

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    情熱インタビュー・シリーズの1stステージも47人目の方をお迎えすることとなりました。今回は、車いすマラソンで、昨年のロンドン・パラリンピックでも大活躍をした副島正純さん、そしてトレーナーでもある奥様の美幸さんにお話をお伺いしました。

     

    −まずは、昨年行われたロンドン・パラリンピック車いすマラソンに出場するまでのトレーニングについてお聞かせ頂けますか?

    世界で戦っている人たちのスポーツというのはたいていコーチと選手が中心になって、チームで作り上げていくことが多いんです。でも僕らのスポーツは、世界的に見てもあまりコーチがいないんです。日本では障がい者スポーツの指導資格というものはありますが、それを取ることによって障がい者スポーツに関われるというだけで、いわゆるトレーニングコーチというわけではないんです。

     

    −ではずっと自己流で練習してこられたんですか?

    そうですね。競技を初めて16年、全日本強化選手という形では10年ほどお世話になっていますが、全日本のチームで競技指導を受けたということはありません。世界大会の前に強化合宿などがあるのですが、そこに参加して初めてコーチの方と顔を合わせるんです。そこからどうやってメダルを獲得しようかという作戦を立てるんです。

     

    −すると、それまではどのように練習をしてこられたのですか?

    日常の中でのトレーニングメニューは自己流でやっていました。ここ数年は、妻がコーチを務めていまして、練習メニューは妻が作り、私がそれをやるかどうかの選択をしていました。2004年アテネ、2008年北京、2012年のロンドンとパラリンピックに出場しているのですが、アテネと北京に関しては我流で練習をしてきました。でも、2009年以降は、妻がそれまで勤めていた仕事を辞めてコーチに専念してくれたので昨年のロンドンに関しては二人で練習をしてきました。

     

    −お二人で作り上げてこられたのですね。

    そうですね。しかし、2012年の春に肘と肩を故障してしまったんです。それで、今回は初めて外部の人にお世話になることにしたんです。

     

    −どのように関わってもらうのでしょうか?

    トレーニングメニューは今まで通り妻と二人で作っていくのですが、そのメニューをこなしていくための体づくりという部分で関わって頂きました。今回の左の肘と肩の故障は、日常生活にも支障が出るくらいだったんです。それまでにも時々痛みはあったのですが、我慢してトレーニングをしていたことが原因でさらに悪化してしまったんです。痛くて動かせなくなって、トレーニングも集中できなくなってしまいました。そこで、初めて知人を通し、スポーツ医学に詳しい病院のPT(理学療法士)さんを紹介してもらったんです。

     

    −どうでしたか?

    PTさんの勤め先のドクターに体の状態を全部見てもらったところ、変形した肘や肩は手術が必要なほどと言われました。でも、8月にロンドンに行かなければならないことを伝え、今後のリハビリ・メニューを組み立ててもらうことができました。

     

    −どのような方法でパラリンピックに間に合わせたのですか?

    私の場合、筋肉が片方だけ大きくなっていて、バランスがとても悪くなっていたんです。痛み止めを打ち、痛みを止めている間に、バランスを取り戻すリハビリ・トレーニングをしていったんですね。結局、肘に3回、肩に2回の痛み止めを打ってもらったのですが、その間、PTさん、トレーナーさん、ドクター、そしてコーチの妻と様々な方との連携で何とか故障から回復することができました。

     

    −スポーツ医学に基づいてきちんと診てもらえたおかげなのですね。

    それまでは筋力をつけるためにがむしゃらにトレーニングを行っていました。見た目にも筋肉がどんどんついて、一時的にはパワーを出すことができる体にはなっていたんです。でも、本当に必要な部分を強化していなかったので、結局バランスを崩してしまっていたんですね。見えていない部分の故障や、関節が固くなってしまっていたり、稼働域が狭くなってしまっていた部分を2ヵ月ほどで解決していきました。

     

    8月のロンドン出発には間に合ったんですね。

    今迄で一番良い状態で出発することができました。痛みに対する不安も全て払拭できるぐらいになっていました。

     

    −今まではご自分のやり方で体づくりやトレーニングを行いながら世界大会にチャレンジされてきたわけですが、今後は今回のようにチームで目指していく形になっていくのでしょうか?

    そうですね。これからはそうして行くつもりです。トレーニングの効率を上げていくためにも、パフォーマンスを上げていくためにも、プロと呼ばれる方たちの助言は必要だと今は思っています。

     

    −それは、ご自分でとことんやってきたからこそ、そういう気持ちになられたのでしょうね。

    若い時は、人に頼むのも面倒でしたし、やればやっただけ力になっていました。人が40キロ走るなら自分は60キロ走り、人が1回練習するなら、自分は2回練習しようと思ってそれをやってきました。無理ができるタフさが自分のスタイルであり、“売り”でもあったんです。でも、今は体を労わりながらパフォーマンスを上げなければならないという考え方に変わってきました。

     

    −意識が変わってきたんですね。

    はい。今までなら、スポーツは『我慢』することであり、それがタフさだと思っていたんです。42キロ走る中で、他の人が30キロで集中力が切れて落ちていくのであれば、自分は35キロまで我慢しようとか、ラストスパートでもう一度踏ん張ろうとか思っていたんです。でもだんだんと、ほかの人との差が縮まって来ていたんですね。皆との差がなくなってきたことで不安が生まれてきたんです。だから、客観的に外部から自分を見てくれる人にアドバイスしてもらうことがより重要になってきたんです。

     

    −選手として長い間活躍できるようにするには必要な選択だったのですね。それでは、次にトライアスロンにチャレンジされるというお話を聞きましたが、そのお話をお伺いできますか?

    車いすマラソンとは全く違うスポーツです。どこまで通用するか全く分かりませんが、今後はこの競技にチャレンジします。将来の夢はアイアンマンレースに出場することです。そこへ行くためにも、まずはリオのパラリンピックのパラトライアスロン競技に出場することが現在の目標です。

     

    −パラトライアスロンについて教えてください。

    パラトライアスロンとは、パラリンピックでのトライアスロン競技のことなのですが、まず水泳が750m、自転車が20km、ランが5kmというトライアスロン競技の中では一番短い距離なんです。どちらかと言うと瞬発力が必要なショートレースの競技なんです。アイアンマンレースになると、スイムが3.9km、バイクが190km、ランが42.195kmなんですね。これだけ距離があれば、水泳で遅れた選手は得意な自転車で取り返せたり、ランが得意ならラストで抜くことも可能です。でもパラトライアスロンは最初のスイムで遅れを取ると、巻き返せる可能性が少なくなってしまうんです。

     

    −そうすると水泳がポイントになるのですね。

    そうなんです。750mで出遅れることも、がむしゃらに泳いで体力を使いきってしまうことも後が厳しくなります。ですので、今回のチャレンジには最初から信頼のおける地元長崎の現役プロトライアスリートにコーチをお願いし、一緒にリオを目指しています。

     

    −副島さんの周りには素晴らしい人がたくさん集まってきますよね。

    (美幸さん)本来なら、そういうプロのコーチにしても、前回のPTさんや、トレーナーさんにしてもとてもお金がかかることなんです。でも本当にありがたいことに、基本的な費用でお世話になることができています。それに前回のマイロードtoロンドンでもたくさんのサポーターの方にお世話になり感謝しています。

     

    −私達も副島さんに夢を託し、夢を見させて頂き、一緒に戦っている気持ちになりました。こちらこそ感謝しています。

    今は3年後のリオを目指しています。ここに応援して下さるみんなと一緒になって、金メダルを勝ち取りたいという気持ちなんです。実はパラリンピックでトライアスロン競技が行われるのは次回が初めてなんです。

     

    −では、金メダルを取ると初代チャンピオンですね!

    気持ちはそこを目指しています。

     

    −奥様の美幸コーチのお話もお伺いしたいのですが。

    そうですね、今は医学的なところなどはプロのコーチについてもらっていますが、メンタル面については妻の存在が大きいと思っています。マラソンのトレーニングではずっと一緒にやってきたのですが、原付で前を走ってもらい、その後ろを追いかけていくんですね。高速レースになった時の対応力をここで学んでいきます。毎日一緒にやっているからこそタイミングや速度も分かっているので、どのくらいしんどいか、どのくらい楽をしているのかという面も分かってしまうんですよね()

     

    −息がぴったりあっているのですね。

    ギリギリのところを引っ張ってもらっています。他のコーチであれば、そういう部分で気を使われる場面もあるのでしょうが、妻の場合は全く気を使われないので、練習中は罵声が会話です。 『ここから頑張りましょう!』というような励ましではなく、オラオラ系の掛け声が降ってきますよ()

    (美幸さん)少しスピードを上げると、何かうしろでぶつぶつ言ってますね()

     

    −トレーニングコーチという役割以外にも奥様のサポートがあっての副島さんなのだと思うのですが、食事や栄養のバランスなどのアドバイスなどもされているのですか?

    (美幸さん)・・・。好きなものを食べてもらっています。私はお酒が好きなので、隙あらば外食に誘って焼き鳥を食べたりしています()。テレビ局が来て、ご飯をつくるシーンを撮影しますと言われた時は困りました。

     

    −シビアに食事制限をされるとか、そういう雰囲気ではなさそうですね()

    時々、一緒にダイエットをすることがあるのですが、その時は私が競技のためにするというよりは、妻のダイエットに付き合うことが多いんですよ。

     

    −ダイエットなんて必要ないじゃないですか。それにしても仲の良いご夫婦ですよね。

    頑張ったら頑張ったで、食事やお酒は美味しく頂こうという、ご褒美みたいな感じで楽しんでいます。

     

    −今日は他にもにいろいろな話を聞いてみたいのですが、サーフィンもされていますよね!?

    今まではレースが終わると、また次のレースのことを考えなければなりませんでした。タイミング的にも気持ちの上でも休むことができなかったんですね。でも、去年のロンドンで、車いすマラソンには一つ区切りをつけるつもりでいたので、オリンピックが終わったら、趣味として別のこともやってみたいなと考えていたんです。昨年のホノルルマラソンの時に、以前から興味があったサーフィンにチャレンジしてみました。

     

    −初めてだったんですか?

    はい。日本だとサーフィンをやると言いだすと、きっと『じゃ、ついていきます』とか『どうサポートしたら良いですか?』とか、『怪我したらいけないのでボードを貸せません』なんて言われそうですが、ホノルルでは簡単に貸してくれたんです。

     

    −さすがアメリカって感じですね。

    どのボードがいいんだ?って聞かれて、そのボードを波打ち際に運んでくれて、さあどうぞって感じでした。生まれて初めてだったんですが、ワクワクして、レクチャーを受ける前に海に出てしまいました()。それが本当にとても楽しかったんですよ。3日ぐらいやってましたね。

    (美幸さん)3日じゃないですよ!!ホノルルマラソンが終わって1週間ホノルルの滞在したんですけど、海に出なかったのは1日だけでしたよ()しかも毎日朝から。私は夜遅くまで晩酌したかったんですよ。でも早朝に海に出るもんで早寝早起きを強いられました()

     

    −今年は他にもチャレンジがあると聞きましたが。

    ずっとレース三昧の生活だったので、ロンドンが終わった2013年は、それ以外のことについてもチャレンジしたいと考えています。楽しむマラソンなどにもチャレンジしたいと思っています。

     

    −楽しむマラソンですか?

    はい。今までは勝つために、競技として世界のメジャーマラソンだけを走ってきました。でも、そうじゃなくてディズニーマラソンや、ロックンロールマラソンなど、走って楽しかったことや、参加することが嬉しいような体験もしてみたいと思っています。それに今までは、競技に出場するためだけの往復で終わっていたのですが、これからは障がい者のためのイベントや、レクリエーション・セラピーと言われる障がい児たちのための活動を日本で広げる活動などにも貢献したいと考えています。賞金をもらうためだけに走っているわけではないので。

     

    −ありがとうございます!是非これからのご活躍を期待すると同時に、私も一緒になって副島さんの夢に乗りたいと思います。そして自分自身の夢や目標も達成して行けるように、頑張っていきます!

     

     

     

    【大角所感】

    ここまでが副島さん、美幸さんのご希望のインタビュー範囲なのですが、あえてこちらからお伺いしたお金の話を少しだけ最後に掲載させて頂きたいと思います。

     

     

     

    −先ほど、インタビュー中に賞金の話がでましたので、お金の話もちょっとお伺いしたいのですが、オリンピックとパラリンピックでは賞金などもだいぶ違うと聞いたことがあるのですが!?

    (美幸さん)日本では母体となる協会が、障がい者と健常者では違うんですね。海外ではほぼ一緒になって来ているようですが、日本ではもともとが違うんです。管轄の省が、一般の陸上競技は文部科学省で、障がい者スポーツとなると厚生労働省なんです。厚生労働省はリハビリの一環として扱われているんです。ナショナルトレーニングセンターという施設があるんですけど、そこは文科省が作った施設なので私達には使わせてもらえないんです。

     

    −そうなんですか?

    厚労省はリハビリセンターを作ったので、パラリンピックの選手はそちらでトレーニングしてくださいと言われました。オリンピック選手ともよく話をするのですが、彼らは選手強化のための費用が国から出るんです。それはそれぞれの選手に収入として入ってくるんです。でもパラリンピック選手の手元には届きません。それをオリンピック選手に話をしたら驚かれました。競技によっても、級によっても、賞を取ったか否かでもいろいろと差はあるようなんですけどね。

     

    −世界を目指すために、日本の代表として頑張ってくれているのに随分冷たい部分もあるのですね。

    世界選手権に出場するために必要な海外遠征に行ったりもするんですが、それも自腹なんです。例えば、パラリンピックって4年に1度ありますよね。その間で2年に1度の割合で世界選手権というものがあるんですが、それの費用も全て自腹なんです。その世界選手権の結果によって、次のパラリンピックの国別の参加枠が決められるんです。パラリンピックの選手枠を取りに行くためなんですけどね。そして日本のユニフォームを買って、それを着て走るんです。

     

    −どんな仕組みで予算が組まれているのでしょうね!?

    最近はパラリンピックが終わってから、厚労省から選手にアンケートが回ってくるんです。もしかしたら国の方でも把握しきれていないのかもしれませんね。国としてはそんなつもりではないのかもしれませんが、これが実情なんです。

     

    −日本のスポーツに対する文化度がもう少し高くなると良いですよね。国やマスコミが注目するスポーツや、大手企業にスポンサードされたメジャースポーツだけじゃなくて、私たち自身ももっと見る目を持たなければならないのかも知れませんね。今日は長い時間ありがとうございました。たくさんの夢と目標を是非達成して頂きたいですね。

     

     

    ・・・・・

     

    インタビューさせて頂いた後、5月に行われたパラトライアスロン横浜大会の応援に行きました。結果はなんとクラス優勝です。初めての大会、初めての自転車、初めてのウェットスーツを着ての1時間1711秒という成績は、今後十分に上を狙える素晴らしい成績だと思います。

     

    このレースの後に、優勝祝賀ランチをご一緒させて頂きました。その時に伺ったお話に思わず感動してしまったので、こちらに追記させて頂きます。

     

    〜ボストンマラソン〜 副島さんにとってとても思い入れのあるマラソン大会です。今年も参加し、6位でした。しかし今年、2013年の大会はとても悲しい事件が起きてしまいました。それでも主催者、選手たちは、何があっても屈しないという強い意志を持っています。

     

    そんなボストン大会で思い出すのが2011年の大会。東日本大震災直後の大会では、主催者や選手たちの温かい言葉を頂いたそうです。そして私たち日本という国に対しても、アメリカは多くの援助をしてくれました。

     

    そんな彼らに、今度は自分がお返しをする番だ。副島さんはそう思い、今年行われたボストンマラソンの賞金を、誰にも相談することなくその場で全て寄付してしまったそうです。少しでも役に立ちたい。自分にできることが少しでもあれば。寄付はその表れに一つに過ぎません。そして、副島さんのボストンに対する感謝の気持ちは、単に個人としての賞金の寄付ということだけではなく、日本を代表してくれた行為なのだと、そのお話を聞いて感じました。

     

    話は少しそれますが、そういうスポーツ選手の活動にはとてもお金がかかります。本文でも紹介したとおり、障がい者スポーツに関しては世界ランクになってもほとんどが自己負担なのです。もちろん、スポンサードをしてくれる企業もいます。しかし、それだけではなかなか成り立たないのです。

     

    大角武志の勝手な、個人的な意見ではありますが、私はこういった方たちへの草の根的なスポンサード活動が、これから日本でも重要になってくるのではないかと感じています。国の補助や施設の問題もあるでしょう。でも、そういう視点ではなく、私たち個人が、たとえわずかではあっても、勇気をもらったり、感動させてもらったりすることに対して、何かお返しができないかと考えるのです。

     

    中小企業や、個人事業主、そして個人として小さな活動支援をしているということも、ちょっとした貢献につながるのではないかと思います。そして、日本のスポーツや芸術に関わる文化度を上げていくのは、国ではなく、私たち一人一人の理解と行動ではないかと考えています。生意気を申し上げましたことをお許しください。

     

     

    小さな力、個人のわずかばかりの力でも、集まると大きな力になります。私も、小さな小さな一人のエンドーサーとして、副島選手の活躍を推したいと思います。この記事を読んで頂いた方の中で、このような活動に興味がある。もっと詳しく知りたいとおっしゃる方は、是非事務局までお問い合わせを頂けると嬉しいです。

     

    ソシオSOEJIMA事務局  http://www.m-soejima.com/socio/

    副島さん公式サイト  http://www.m-soejima.com/


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